大葉の教訓

人生がちょっとだけ変わる。そう感じた僕の経験や、見聞きしたことをシェアしていくブログです

【一生忘れない言葉】「何やっても俺は絶対に怒んないよ!」【小学校の美術の先生】

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小学校時代に美術の先生に言われた言葉を、今でも覚えています

子供時代に衝撃を受けてから、その言葉は僕の人生に影響していることは間違いありません

それは、ある美術教師が発した言葉でした

 

『怒られる』って思わないで好きにやっていいから。何やっても俺は絶対に怒んないよ!

 

その言葉はどんな時、どんな変化をくれたのか?

僕の当時の気持ちなどを交えながら、ご紹介します

美術嫌いの小学校時代

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僕は美術苦手で、なおかつ嫌いでした

 

小学校時代の僕は、たいして勉強をしなくても簡単にテストで100点が取れました

少しむずかしいことがあってもちょっと勉強すればすぐに100点が取れたからです

運動も小柄だったからか、割と何でも出来ました

跳び箱8段も飛べたし、逆上がりも出来たし、水泳でもリレーの選手になりましたし、運動会でもリレーのアンカーにもなりました

よくある「子供時代の栄光」です

 

その反面、美術の面では全く駄目でした

を描いたり彫刻を作ったりも下手くそで、写実的にも抽象的にも出来ませんでした

おまけに色弱(微妙な色の違いがわからない障害)ですから、色の濃淡や陰影なんてものはザックリとしかわかりません

 

勉強運動はそこそこ出来るのに、美術だけはうまくいきません

ですから、楽しいわけがありません

当然、僕が美術で評価されることはありません

 

作品作りの時は、関係ない機材を勝手に使って全く関係ないものを作って、よく怒られていました

美術の臨時講師がやってくる

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ある日、産休だかなんだかで美術の先生が臨時講師になりました

やってきた先生は60歳ぐらいの中肉中背で、白髪でフサフサの髪を後ろで結んでまとめ、白髪の髭も顎からもじゃもじゃに伸ばしています 

パッと見はマイク眞木さんのような印象的な見た目でした

 

その先生は話し方印象的でした

仲のいい親戚の子供に話しかけるような感じでした

馴れ馴れしいけれども嫌味がなく、しっかりとハッキリと喋るけれども柔らかさを感じます

お酒で枯れたような少しかすれた声で、力強さ優しさ同時に感じる不思議な声でした

 

その先生が自己紹介で話していた内容も覚えています

 

「僕はこのエプロンが好きなんだ。エプロンが汚れるのがすごい嫌だったんだ。そしたら当時の美術の先生が『エプロンは汚すものだ』って言われて、エプロンに好き放題に絵の具を撒き散らしたんだ

 

特に面白い話では無いんですけど、当時は雑巾でもエプロンでも汚れて当たり前のものを「きれいな状態で使いたい」という変な理想がありました

その点が一緒だったこと、それを自ら打ち破る大胆さに、少し感動した記憶があります

 

そのあと、子供の時に最初に作った物の話もしていました

 

今じゃ出来ないけど、昔は一人で釘を拾っては線路に置いて、電車が通るのを待ったんだよ。電車が通るとシャーってすごい音がして、釘がペシャンコになるんだ。それを丁寧に研いだら、すごい切れ味なんだよ

 

見た目が仙人みたいな出来上がった先生が、まさかのつまらない話を話さなかったことに驚きました

むしろ時代に合った、陰気で古臭くて、今では出来ない大胆なイタズラに少し積極性と精密性がプラスされたエピソードに、自分も同じことをしてみたいとさえ思いました

子供心をがっしりと掴まれたような気分でした

先生が変わっても俺は変わらない

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先生に少し感動をしても、僕が美術が嫌いなことには変わりません

結局は美術の授業は、本当に雑に取り組んでいました

 

ある日、水彩画を描く授業の時のことです

周りのみんなは好き好きに絵を描いては、絵が上手な人は周りから人気と注目を集めました

先生「『怒られる』って思わないで好きにやっていいから」

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そんな傍らで僕は、暇を持て余していました

絵の具の付いた筆指で弾いて、キャンパスに向かって絵の具を飛ばしていました

楽しいわけじゃなく、本当にやることが無かったんです

 

それを見た先生

 

大葉!

 

よく通る大きな声で僕を呼びました

 

僕はとっさに「怒られる」と思いました

すると先生は

 

いいねぇ、その描き方、いいよ~

 

褒めたのです

 

小学生ながら、こんな経験は初めてです

それまでに出会った大人も含めて、全人類が叱るであろうこのシチュエーションを、この先生は褒めたのです

怒られるために心を身構えていましたが、肩透かしを食らいました

一瞬「皮肉かな?」とも思ったのですが、次の行動でその疑いもなくなります

 

先生は自分の指に絵の具をつけて、僕の水彩画のキャンパスにペタペタと指で指紋をつけ始めました

 

ここは何色だ?

 

意味がわかりません

 

ここは何色だ?

 

正解がわからずに黙っている僕に、少し興奮気味の先生は同じことを繰り返します

何かを察した先生は、こう続けます

 

何でもいいぞ。緑でも黄色でも青でも、好きな色でいいぞ

「それじゃ、緑で」

「よし、緑を作ってくれ」

 

そう言って絵の具の青と黄色をパレットに、ブチュ〜っと汚い手で雑に出します

蓋なんてしていません

ワイルドです

言われるがままに筆で混ぜようと水で筆をバシャバシャやると、先生は

 

筆なんて使わなくて良いんだ

 

と言って、自分の指で絵の具を混ぜ合わせました

ぐちゃぐちゃと混ぜたら、それをまた自分の指でキャンパスにペタペタとしていきました

子供ながらに「この先生はふざけてる」と感じました

 

「ほら、大葉もやってみろ」

 

言われるがままに、指に絵の具をつけてペタペタとしていきます

自分が何をしているのかなんてさっぱりわかりません

もう、言われたとおりの指示に従います

さぁ、このナイフで俺を刺せ」って言われたら、躊躇なく刺しています

 

「他の色も使っていいし、両手でやってもいいぞ」

 

そう言われて、別の色をブチュ〜っと出しては指につけ、ペタペタとしていきます

 

しばらくそうしていると、落ち着きを取り戻した先生が僕に語り始めます

 

絵っていうのは何をしたっていいんだよ。昔は俺も怒られると思ったけど、当時の先生に『好き放題やれ!』って言われたんだ。指とか鼻とかにインクをつけてめちゃくちゃにしてやったんだよ。そしたらもう楽しくなっちゃってさ、夢中になってベタベタってやったんだよ。だから、大葉も『怒られる』って思わないで好きにやっていいから。何やっても俺は絶対に怒んないよ!

 

そんな事言われたら、そりゃめちゃくちゃにやりますよね?

 

最初は少し様子見の状態で続けてましたが、何も言われないことからドンドンと大胆になっていきました

 

何をやっても怒られないという開放感と、何が出来上がっても誰にも責められないということに自由を感じて、楽しいと思いました

 

最終的には、絵の具が飛び散って汚れたような絵になりました

そんな絵になったのは、クラスで僕だけです

 

 

出来上がった作品を見て先生は

 

最高だよ、大葉!俺は好きだよ、この絵

 

と言ってくれました

先生の言葉が与えた影響

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昨日の夕飯さえ大して覚えていない僕ですが、20年近く経った今でもしっかりと覚えています

それからというもの、色んなものに対して固定概念を持っていることがわかるようになりました

 

その固定概念というものは、色んな人に植え付けられたものかもしれないし、自分が望んでいない事が原因で生まれたものかもしれません

だからこそ、自分の持つ可能性の限界を決めず少しずつ世界を広げていく考え方を心がけるようにしています

だからこそ、自分に出来ないことは「出来ない」から「難しくて、時間がかかる」という思考になっています

この言葉から学んだこと

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人生で大切な瞬間はいつだって大きな決意が必要です

その決意とは、周りからは些細なことだとしても、本人には大胆な挑戦なのは間違いありません

 

多くの人大胆な挑戦を恐れます

それは挑戦が失敗することを想像するからです

ですが、「その挑戦での成功」と「あなたの人生での成功」は必ずしも同じとは限りません

 

僕はクソな過去を経たからこそ、今の自分があると感じています

みなさんも、過去の失敗から得たものがあるんじゃないでしょうか?

失敗は良い気分ではありません

ですが、「成功する人・失敗する人=挑戦する人」なのは間違いありません

 

僕の挑戦する気持ち支えてくれる言葉の一つにあるのは、ご紹介した

 

『怒られる』って思わないで好きにやっていいから。何やっても俺は絶対に怒んないよ!

 

という言葉です

 

もういい年なので、怒られることなんて少ないです

ですから、今は「怒らない」というのは誰かから怒られることではなくて、失敗した自分に対して怒らないことだと思っています

 

これが僕なりの解釈です

 

 

良ければ合わせてお読みください